ジャコメッリと植田正治

東京都写真美術館にマリオ・ジャコメッリ展を見に行く。
須賀敦子『コルシア書店の仲間たち』の「銀の夜」という章に
ジャコメッリのことが少し触れてあって、見ておこうと思っているうち
5月6日までなのにGWに突入してしまった。
ということで、ほぼ朝一に近い時間に恵比寿に向かう。
結構な入りで、見ている間もどんどん人が増えてくる。

1950年代から亡くなる2000年までの作品が展示されていたのだけど
あまり50年という歳月は感じない。
モノクロームの作品群は詩からタイトルをつけたものが多くて、
ふかく、静かに生を見つめて、たたずんでいる。

実はジャコメッリについては全然知らなかったのだけど、
1925年にイタリアの北東部、セニガリアというところで生まれ
印刷業を営みながら、アマチュア写真家としてほとんどの作品を
その街で撮り続けたという。
「同じように日本でも、ジャコメッリと同じ2000年に亡くなった植田正治は
山陰地方に根を下ろし、」という文章を読んではっとした。
ずっと昔の記憶が突然よみがえる。

大学3年の秋、私は思い立って山陰地方へ旅をした。
鳥取砂丘を見たかったのだ。それが後か先かはもはや覚えていないが、
植田正治の『砂丘』という写真集があって、
リブロとかの本屋に行くたびによくその写真集を眺めていたのだ。
そんなに高くなかったと思うのだけど、なぜ当時買わなかったのか
今思うと理由も全く思い出せず、不思議でならない。

もうずっとそんなことを忘れていたのに、
これも不思議なつながりといえばいえる。
ジャコメッリの世界が記憶の時間軸を揺さぶったのかもしれない。

『砂丘』は今でも買えるのだろうか、と買えたら買うつもりで調べてみたら
プレミアがついていた。ほんとになんで買わなかったのだろう?
その鳥取砂丘への旅は、今思えばタブツキっぽくて
しなびた食堂で、千葉からロータリークラブか何かの旅行で来たという
バブリーなおじさんにコーヒーをごちそうになったり、
砂丘の真ん中で、なぜか地元の青年と話し込んで港まで送ってもらったりと
なかなか思い出深い。

それにしても最近、自分のアンテナの向いた方向をたどると
二十歳頃の記憶(それもずっと忘れていた)に行きつくことが結構多くて、ある意味怖いです。
いろいろなことが一巡してしまったのかなぁ。
まあ、ようするに仕事に熱中するあまり若い頃の熱い気持ち(笑)を忘れていたのが、
ふと息をついてあの頃に思いを馳せる、な中年サラリーマンてことですけど!

マリオ・ジャコメッリ展
@東京都写真美術館
2008/3/15~5/6

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