すばらしい新世界 ~『素粒子』のパラレルワールド その1

SFには全くと言っていいほど免疫がないわたし。
c0051457_16255226.jpgだから『素粒子』のSF的結末に「こういうのもありなんだ~」と
衝撃をうけたわけなのですが、SFをよく読む人からしたら
この小説ってどうなのでしょうね。その前の300ページ以上にわたる
ディープな純文学的心理描写が耐えがたいのかもしれませんが。

この『すばらしい新世界』は1932年に書かれた
SFの古典的名作といわれているようで、
『素粒子』では分子生物学者である弟のミシェルが
この本について言及するかたちで登場します。
ストーリーはフォード紀元(フォードが神ってことね)という未来世界で、
人間は胎生ではなく受精卵の培養によって壜から生まれるようになっています。
遺伝子操作によって上流階級は一卵性だけど、下層階級は一つの受精卵から
必要労働力に応じて計画的にクローン生産されていて、
さらに階級ごとに外見を操作され(労働者階級は背が低い、とか)、
生まれたときからの徹底した条件反射学習によって(労働者階級は本に嫌悪をいだく、とか)
人々は自分の置かれた階級に満足し、何の不満もなく平和に暮らしている
まさに「すばらしい新世界」というわけ。
この世界が『素粒子』のエピローグの下敷きになっているわけね!って感じなわけだけど。
1932年というのはなんと昭和7年なわけで、ここに描かれている新世界が
21世紀の現在読んでも全く古臭くないことにまず驚く。まさに驚異的なリアリティ。

そして、かつてこの「文明社会」から行方不明になってしまった女性が
インディアンをモデルにした「未開社会」で胎生によって息子を産みます。
この息子(野蛮人/サヴェジ)が成長し、あるきっかけで
「文明社会」に連れてこられたことによって、この社会がほんとうにすばらしいのか?という
疑問を問いかけていくことになり。。。

もちろん、この「未開社会」がわたしたちが現在住む世界で、
「文明化されていない」野蛮人が私たちということになるわけなんだけどね。
そのサヴェジが抱く「文明社会」への不信をたどって読み進んでいくと、
小説ももう終わり近く、この「文明社会」を統率するムスタファ・モンド(総統)と
サヴェジの対話のシーンに至る。
読みながら(不気味にも)違和感を感じてしまうのが、この対話の幕切れだ。
省略して抜粋。

  総統は言った。「われわれは物事を愉快にやるのが好きなんだよ」
  「ところが、わたしは愉快なのがきらいなんです、わたしは神を欲します、詩を、
   真の危険を、自由を、善良さを欲します。わたしは罪を欲するのです」
  「それじゃ全く、君は不幸になる権利を要求しているわけだ」とムスタファ・モンドは言った。
  「それならそれで結構ですよ」とサヴェジは昂然として言った。「わたしは不幸になる
   権利を求めているんです」
  「それじゃ、いうまでもなく、年をとって醜くよぼよぼになる権利、梅毒や癌になる権利、
   食べ物が足りなくなる権利、しらみだらけになる権利、明日は何が起こるかも知れぬ
   絶えざる不安に生きる権利、チブスにかかる権利、あらゆる種類の言いようもない苦悩に
   責めさいなまれる権利もだな」
   永い沈黙がつづいた。
   「わたしはそれらのすべてを要求します」とサヴェジはついに答えた。
   ムスタファ・モンドは肩をそびやかした。「じゃ、勝手にするさ」と彼は言った。

ここだけ読むと「なんのこっちゃ」って感じかもしれませんが、
このサヴェジのありよう、はたして現代の私たちだったらどう答えるのか?
という気がしてしまう。100%サヴェジにイエスと言えるのか?
そこに1932年という、まだそうはいっても時代の「行き詰ってなさ」を感じてしまう。
(とはいえ、ラストがまた暗示的なところは、当然ハックスリーが
 そこを意識していることを示しているわけだけど。。。)

そう思うと、もしかしてウェルベックはこの違和感に対する現在の回答として
『素粒子』を書いたのではないの?なんて気もしてきて。。。。
徹底して、それも思い切り個のレベルで現代の行き詰まりっぷりを描くことで
20世紀の終わりにこの『すばらしい新世界』に対して
事実だけではない、心理的リアリティを示す、そんな気がしてしまいました。
そういう意味においては、不気味な共振関係にある2冊です。
2冊続けて読むと、世界の見方が変わるかも。。。。なんて。

『すばらしい新世界』ハックスリー(1932)
松村達雄訳(1974)
講談社文庫

解説も1974年(何と26刷)なわけですが、
「技術革命などということばにつられて、機械文明の未来について
ばら色の夢を抱きがちな人類にとって、『すばらしい新世界』は
今後とも警鐘を打ち鳴らすことを止めないであろう。」
っていうのも今読むと、その紋切型に違和感ありますね。
ま、たしかに警鐘なんだけど

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