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久々にブックレビュー。ちょっと前の1月ごろに読んだのだけど、c0051457_2334940.jpg
最近のすっかりメロウモードにレビューを書きたくなった
プイグの『南国に日は落ちて』。1990年に亡くなったプイグ最後の長編小説。

80歳を過ぎた老姉妹の会話と、後半からは手紙と調査書のみで
構成されるいかにもプイグなテキストで、
これまたプイグらしいメロドラマが浮かび上がってくる。
饒舌で噂話好きな老姉妹は隣人の女性のロマンスや
ハンサムなガードマンの生活を詮索し、おしゃべりに花を咲かせる。
やがて妹は息子の転勤についてスイスへ移住し、その地で病死する。
家族のはからいでその死を知らされていない姉は
妹に向けて読まれることのない手紙で噂話のつづきを送り続ける。。。

プイグ作品はほぼ読んでいますが(しかし実は「蜘蛛女のキス」が未読。)
設定こそ違えど、語られることはある意味ベタなメロドラマ。
それをテキストをコラージュ的に再構成して、
徹底して間接的に浮かび上がらせることが、プイグの真骨頂というところで
決して読みやすくはないテキストを読み込んでいくうちに見えてくる
その哀切をたたえたまさにメロドラマには、たぶん南米という
すごく行きたいのにまだ見ぬ地への
メランコリックな個人的イメージも重なって、いつもぐっときてしまう。
ブラジルとかアルゼンチンの音楽を聴いていてぐっと来る感じと
私の中ではまったく同じで、その辺聴いているとプイグが読みたくなり、
プイグを読んでいるとやっぱりブラジルものとかソーサとか聴きたくなる。
しかもなるべくベタ目なやつ。『batucada sergiu』とかね~ 、ぐっとくるなあ。
なんだかんだいってもやっぱりメロドラマ的なものって好きなんですね、たぶん。
でも、何か日本のとかってそそられなくって (て、何があるのかよく知らんですが
ワビサビ文化体質で、根本的にメロドラマ的ロマン体質じゃないというか)
やっぱりメロドラマにはラテンが合うよな~と思うのですが。
てことで、前も書いたけど音楽はベタなハウスとラテンがループのメロウモードです。

で、ベタつながりで北の一冊。
カレン・ジョイ・ファウラー『ジェイン・オースティンの読書会』のことを後日に。

『南国に日は落ちて』(1988)
マヌエル・プイグ
野谷文昭(訳)
集英社/1996

すでにプイグが好きなひとにはお薦めプイグワールド。
ただし、読んだことない方には薦めません。
やっぱり『赤い唇』か『ブエノスアイレス事件』あたりからぜひ。
てか、『蜘蛛女のキス』なのかな、やっぱり。
訳が出ているので未読なのは、これとあと1冊なので
こうなったら最後に読もうかと思ってます。いつになるやら。
 

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   メディアの発達した今日において、オリンピックゲームが
   われわれにもたらす感動のそのもっとも急進的に発展した
   部分といえば、『より速くより強くより美しく』の
   『より美しく』の部分ではないだろうか。
   われわれは、勝敗と同等の興味を美しく鍛えられた肉体と
   競技にはつきものの逸話や美談にもっている。
   アクション・スポーツにおいても同様である。『スピード、
   エアー、スタイル』の『スタイル』がそれである。

このスクリプトは1999年の1月、いわゆる三が日のあたりに書かれたものだ。
書いたのは私ではない。これは冒頭部分なので
この部分だけを載せることはこのスクリプトの意図を正しく伝えることにはならないのだけれども。
このスクリプトを実際に読んだ人は両手に余る。
だけれども、このスクリプトは私のその後の生活の多くの部分を動かしていくことになった。

アクション・スポーツはスタイラーの世界だ。勝負は本質的なものではない。
私は何人かのスタイラーと出会い、
彼らの「アクション」つまりスピード、エアー、スタイルに魅了された。
それは自分には決して入り込めない世界だった。だから余計だったのかもしれない。
私なりにできることといえば、彼らのスタイルをより引き立て、
より引き出す小道具をつくることだった。
試行錯誤と悪戦苦闘の連続だったけれど、そのことを通じて確かに
スタイラー達との信頼関係は築かれていたように思う。

2月のある日曜日にひとりのランナーがコンペティターとしての幕を下ろした。
陸上競技はアクション・スポーツよりはずっとコンペティティブだ。根本に勝負がある。
だが、彼というランナーと出会ってから5年という月日のあいだ
私はずっと彼をスタイラーとして追い続けたような気がする。
もちろんいい結果がでれば嬉しかったが、ある意味勝負はどうでもよかった。
派手で格好いいアクションなどなかったけれども、私にとっては同じことだった。

その翌週、スタイラーとして生きるスノーボーダーと2年ぶりに再会した。
彼は別れ際、記念に、といって薄いリーフレットをくれた。
中には彼らのスタイラーとしての一瞬が写真という形で焼き付けられていた。
その写真を見た瞬間に、始まりともいえる1999年正月のスクリプトが頭をよぎった。
そして何度も私の前を駆け抜けていった一人のランナーのことも。

もはや彼らとの距離は離れてしまったけれども
たぶん私は彼らがみせてくれたなにものかを刻みつけて
これからもずっと内なるスタイラーを追い続けるのだと思う。

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