ピアノを弾きながら歌う人に恋をしてしまい、思い立って大阪へ。
10年以上ぶりくらいの大阪。
中津のカンテグランデという鬱蒼とした雰囲気が素敵なお店でカレーを食べつつ
久しぶりにOちゃんとめちゃめちゃポジティブトーク。
その後、心斎橋へ移動しホテルに荷物を置いてから、Berlin Booksへ。
きっちりした品揃えがわたし好みないい古本屋さんでした。
アメ村でお約束のようにたこ焼きを食べて、若い空気に驚く。
前に来た時はすごくエキサイティングな気がしたけど笑、年をとったんだなあ。

夜はライブ。SEでずっとブルースのインストがかかっていて、
ああっ!この曲大好きなのに、誰の曲だか思いだせない。
確か家にCDあったよなあ、棚みたら思い出せるきっと。とか
まわりにそんなこと考えている人いなそうななかひとり逡巡する。

翌日は京都へ。午前中は上賀茂神社の手作り市をぶらぶらし、
アルコロックの脚つきグラスに鳥の絵を手書きしたグラスを買う。
午後は古本屋とブックカフェめぐり。京都もプライベートでは7年ぶりくらいで、
すっかり土地感覚を忘れていたけれど、三条あたりを適当に歩いていると
ああ、ここ来たなというところに出る。

ピアノの人はわたしの中で、勝手にこの人と結びついてるかも。イニシャルも同じ。
昨日の夜そう思った。ステキです。
(ところでこの字幕は何語なんだろう。。。。)



べつに大阪じゃなくても、東京でも、ちょっと知らない道を歩くだけでも
最近ふわふわしてて。こないだは横浜の馬車道あたりを夜ふらふらして気持ちよかったなあ。
古本屋で「トリストラム・シャンディ」を200円で買っちゃったし。春が来たらJTも来ちゃうしさ。
気にしないでください。モロッコのことも、1Q84のこともそのうち書きます。きっと。

c0051457_23315998.jpgSEの曲は家に帰ってCDの棚を見たら15秒でわかった。このアルバムに入っている「STOP」。
だれか止めて笑。


SUPER SESSION (1968)
MIKE BLOOMFIELD/AL KOOPER/STEVE STILLS


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連休明けのけだるい今朝のオフィス、盟友F嬢から一通のメールが…

subject:キャロル・キング&ジェイムス・テイラーだって~行くよね!

げっ!ホント~~!も、もちろん行きますとも!
いくら頭の毛がなくなっていようとも、なんとしても死ぬまでにみたいベスト3ですから!
(ちなみにこのブログの写真はJTのアルバム)

そしてサイトをチェックしたらさらに驚愕!!!
↓↓↓
【来日予定メンバー】ダニー・コーチマー(g)、ラス・カンケル(ds)、リー・スカラー(b)

ええ~!!!まさかこのメンバーでみれるとは!
去年のキャロル・キング来日時は「チケットが高すぎる!」とかいって
結局行かなかったけど、今回は行きます!チケット高いけど!
武道館がユーガッタフレンド大合唱になろうとも!

実はつい10日前に縁あって、
15年ぶりくらいにブートDVD(昔はビデオだったわけですが)を買ったんですよ。
c0051457_22434342.jpg


キャロル・キングやジョー・ママをバックにしたジェイムス・テイラーのライブ。
ジェイムス・テイラーはなんつっても素敵だし、
コーラスをつけているキャロル・キングとアビゲイル・ヘイネスがすっごくかわいかったりして
激しく感動していたのですが、ええ、これ(に近いもの)が見れるの!?
しっかし、これも「呼ばれた」のかなー。タイミングよすぎ。

というわけで、我こそはというかた是非ユーガッタフレンドを歌いにいきましょう!(いないか。)

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モロッコのことももう少し書こうと思っているのだけど、本のことを書きます。
読書会、第10回目までは書いたけど、そのあとも一応順調に続いていて。

第11回 7月「蜘蛛女のキス」マヌエル・プイグ (@表参道のブラジリアンカフェ)
第12回 8月「1Q84」村上春樹 (@渋谷のアメリカンダイナー)
第13回 9月「風に舞い上がるビニールシート」森絵都(@表参道のスペインバル)
第14回 10月「木曜組曲」恩田陸(@熱海のI氏邸)

なんかベタなラインアップですが。。。。まあしょうがないけど。
大好きなプイグは別として、こんな機会がなかったら読まない本なので、
貴重ではあります。「1Q84」もたぶん文庫になるまで読まなかっただろうな。。。
と思うのですが、読んでみたらベストセラー街道まっしぐら中に読むのも悪くない、
と素直に思うところがあったので、その「1Q84」のことを書きます。
借りて読んだので、手元にないんだけど笑。

わたしは熱心な春樹フォロワーではないけれど、
長編小説は2000年代の作品より前のものは大体読んでいたのですが、
(「スプートニクの恋人」にがっかりしてそのあとから読んでない)
「1Q84」を読んでちょっとびっくりしたんですよね。
すごく簡単に書くと「これって『羊をめぐる冒険』じゃん。」って思ったのと、
「村上春樹ってこんなに社会派っぽかったっけ?」って。
「社会派」っていうのは、より色んな人に間口が広がった感じがした、
という意味なんだけど。恋愛とか暴力とかの要素が全般にわかりやすく、
より色んな切り口で共感を呼びやすい小説になっていると思ったわけ。

先にも書いたように熱心なフォロワーじゃないので、
インタビューとかちゃんと追いかけているわけじゃないんだけど、
99年のインタビューで「コミットメント」と「デタッチメント」について
語っていたことを思い出した。自分は今まで「デタッチメント」の小説を書いてきたけど、
これからは「コミットメント」の小説を書きたい、というようなこと。
ちょうどサリン事件の本を出したあと。この小説がそういうことなのかな、と思ったら
急にまだ読んでいない2000年以降の作品を読んでみたくなって「海辺のカフカ」を読んでみた。

そしたらまたびっくりしたんですよね。また同じ話で、
しかもどうして村上春樹が同じことを書き続けているのか、
ということの答えがそのまま書いてあったから。

  これだけは覚えておいたほうがいい。結局のところ、佐伯さんの幼なじみの
  恋人を殺してしまったのも、そういう連中なんだ。想像力を書いた狭量さ、
  非寛容さ。ひとり歩きするテーゼ、空疎な用語、簒奪された理想、硬直された
  システム。僕にとってほんとうに怖いのはそういうものだ。僕はそういうもの
  を心から恐れ憎む。なにが正しいか正しくないか-もちろんそれもとても重要
  な問題だ。しかしそのような個別的な判断の過ちは、多くの場合、あとになっ
  て訂正できなくはない。過ちを進んで認める勇気さえあれば、だいたいの場合
  取りかえしはつく。しかし想像力を欠いた狭量さや非寛容さは寄生虫と同じな
  んだ。宿主を変え、かたちを変えて、どこまでもつづく。そこには救いはない。

だから、村上春樹も主人公を変え、かたちを変えて、同じ物語を繰り返している、
ということに遅ればせながら気がつきました。
そう、先だってオーウェルの「1984年」も読んだんですよね。
これも上の引用にあるようなシステムの話。
だから「1984年」からインスピレーションを受けた、というのもわかる。

で、そう思うとやっぱり凄いのは多くの人を引きずり込むその「物語力」。
長くなったので、いったんここまでで。

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モロッコの家は外に開かず、内に開けている。
と、何かの本に書いてあった。メディナ(旧市街)は城壁に囲まれ、
外側から中はうかがえない。一歩メディナの路地に踏み込むとこれも
細い路地の両脇にはドアと小さい窓のついた壁が聳え、
時々そのドアを人が出入りするけれど、やはり中はうかがえない。
まったく異世界に取り残されて、街から拒絶されているような気分になる。

モロッコのメディナが迷路のようだ、といわれるのは
この高い壁にかこまれていることも大いに由来するだろう。
例えば東京でも、雑司ヶ谷のあたりとか
車も入れない路地がうねうねと続く地域はまだあるけれど、
両脇には植木があったり人の生活の感じがあって、
あまり迷路、という感じはしない。

それにしても最初に訪れたマラケシュで、
アメ横が延々と続くようなメディナにはおののいたけど、
フェズのメディナはさらに凄かった。曲ってきた方向を覚えているつもりでも
いつのまにか入り曲がり、方向感覚が完全に利かなくなる。
時々人に聞いたりもしたけれど、それでチップを要求されたり
だまされたりするようなこともある、というからなかなか緊張する。
いつのまにか路地の先は暗くなり、両側を閉ざされた壁が無言でせまる。
とにかく迷ったら戻る、を鉄則に2日目にはようやく少し
歩き回れるようになったけれど、入ってきた出口に戻れると
クリア!という感じで本当にほっとした。

けれども、そんなメディナの家々も中にはいるとパティオがあり、
緑に彩られた空間が広がっているということだ。
今回マラケシュとフェズでは、日本でいえば民宿というかペンションのような
メディナの邸宅を改装して宿にしたリヤドというところに泊まった。
部屋数が10程度しかなくて、家族経営しているところが多い。
やはり、入口は無愛想な壁にドアが付いているだけだけれど、
中に通されると、吹き抜けのパティオが広がっていて、
到着をすると、まずミントティーでもてなしてくれる。
移動で疲れた体にミントティーの清涼感と甘さが本当に沁みて、
吹き抜けの空を見上げながら、内に開かれている、ということは
こういうことなんだな、と納得した。
マラケシュのDar Anikaは西欧人らしき夫婦が経営していてものすごくモダン、
フェズのRIAD GHITA(音が出ます)は生粋の家族経営で伝統的なモロッコスタイル、
違ったタイプの宿が楽しめた。どちらも朝食は屋上で。
温帯植物に囲まれてメディナを見渡しながらのモロカンブレックファーストは
本当に気持ちがよかった。モロッコ行くならリヤド滞在がお勧めです。


c0051457_21271927.jpg

Dar Anikaの屋上。こんな屋上欲しい。。。
ま、モロッコでもお金持ちだけのものでしょうけど。。。

ちなみにカサブランカでは普通の観光ホテルだったのだけど、
たいてい海外の中級ホテルは内装などに70年代の香りがして、
これも結構好きだったりします。去年のチェコはチェスキークルムロフで
泊まったホテルなんかも、まさにそんな感じで好みでした。
日本のホテルにはない味ですな。

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ということで、行ってきました。モロッコ。
最後の夜からおなかを壊したのを除けば、楽しかった。また行きたい。
カサブランカ→マラケシュ→フェズ→カサブランカと回ったのですが、
今度はタンジェとエッサウィラとマラケシュにはもう一度行きたい。

でも、でも、遠いです。モロッコ。

まずはどんな行程だったかというと、
羽田→関空(約1時間)
関空で待ち(約2時間)
関空→ドバイ(約11時間)
ドバイで待ち(約3時間)
ドバイ→カサブランカ(約9時間)
カサブランカ郊外の駅で待ち(約2時間)
カサブランカ→マラケシュ(特急電車:約3時間)

っつーことで現地1泊目のマラケシュにたどりつくまでなんと31時間っすよ!!
本気で疲れて1泊目は超うるさい早朝のアザーン
(朝5時ごろコーランを公共スピーカーで流す)にも目覚めずノンストップ
スリーピングでした。。。。

で、だいたい日本の国土の1.2倍というモロッコ。
上記のカサブランカ→マラケシュ→フェズ→カサブランカというのを超ざっくり
日本に置き換えてみると、こんな感じだったわけ。

東京→大阪(2泊)→仙台(3泊)→東京(1泊)
(マラケシュ→フェズの移動は特急で7時間だったので、いい線かも。
日本にいらっしゃる外国人観光客の皆様もこんな感じでまわるのだろうか。。。)

というわけで結構ハードでした。ま、モロッコツアーなんかだとだいたい
この3都市はマストなので、みんなそんな感じだと思いますが。
それで、今度行くときはエッサウィラとタンジェに行きたい、
というのは更に広島と秋田に行きたい、と言っているようなものなので
どうすればルート短縮できるか、本気で考えたりしてます笑。
(距離的にはエールフランスを使ったほうが短くなるようですが、
今回旅行会社に聞いた時はなんと7万円もアップだったんですよ~~。)

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写真は電車車窓風景。カサブランカ→マラケシュ間 29時間目あたりかね笑。
駅に近づいた時以外は大体こんな感じでした。荒野とサボテン。

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多分画像さかさま(笑)@マラケッシュ
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ラファエル・サディークをブルーノートで観てきました。c0051457_23101629.jpg

わたしはやっぱり60~70年代の音楽には強い憧れがあるので、
すごくその世界を感じるアルバムを聴いてぐっときていたところに、
来日、しかもクラブ公演だと~!ということで
これは行かずにはいられようか、いやいられまい、と
いそいそとチケットを予約し、会社もそそくさと定時で退社しました。

フロアに入ると、案内のスタッフが
「お席はどのあたりにいたしましょうか。中央のほうがよろしいですか。」
というので、「はい~」と答えたところ
「最前列のサディークさんの正面が空いておりますが、いかがでしょうか。」
と「サディークさん」というのにウケそうになりながら
案内されたら本当に真ん前だったので、それはさすがにたじろいで
正面2列目のテーブルに陣取る。

で、ライブが始まったのですが。。。素敵でした(うっとり)。
ギター、ベース、ドラム、キーボードにコーラス二人というミニマムなバンド編成で
皆さんびしっとスーツ。コーラス隊と振りをあわせたりして、
60年代あたりのソウルのライブってこんな感じだったのかしらん。
とにかくね、サディークさんがセクシーなんですよ。
目が自然と追いかけてしまう感じ。
途中でメガネを取り、ネクタイを外し、シャツの襟元をゆるめ、、、。
そしてあの声、ですよ。んもー痺れました。
うっとり系のライブなんて、久しく長い間なかったよな、、、。
ちょっと癖になりそうな一夜でした。

あ、昨日はj-waveでDJショウもやってました。


Raphael Saadiq
7.1(wed) @Bluenote Tokyo

ところで、アンコールでそれまでもくもくとキーボードを弾いていた(ように見えた)
巨漢のキーボーディスト氏がリードヴォーカルをとったのですが、
これもびっくら凄かったですね。声がでるでる。これでキーボードが本職なんだ、
と奥深さを感じました笑。ちなみにそのときサディークさんは唯一回ベースを弾いていて
これがまたベーシストフェチ的にはたまらんでした。
(が、そのベースはベーシスト氏のを借りていて、曲が終わったらそのまま
手渡していたあたりラフだな~。)

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本が本を呼ぶ、というようなことを前にも書きましたが、
またしても絶妙なタイミングで同じ題材を扱った小説を立て続けに読みました。
その題材は「女人国」、であります。

1冊目が倉橋由美子『アマノン国往還記』。
去年古本市で何となく買ってみたのをようやく読み始めたのですが。
500ページ以上もあるので、覚悟して読み始めたら
これがかなり読みやすく、かつおもしろくあっという間に読み終わってしまいました。
モノカミ教宣教師として、布教のために
長い間幻の国とされていたアマノン国に派遣されたP。
が、そのアマノンは女が支配する国だった。
男は徹底排除され、子供は人工授精で生まれ、
性交によって生まれた子供は卑しい生まれとして差別される…
というような国の実情を知ったPは
「男」と「女」を復活させる「オッス革命」なるものを目指す、というストーリー。

そして、ちょうど読み終わったころに目白のBOOK OFFで発見したのが
c0051457_23461456.jpg笙野頼子『水晶内制度』。以前作家本人が、
「自分の著作の中で今のところ最も難解」と書いて
いたのを覚えていたのですが、帯をみると「日本に新・女人国家誕生万歳!
自由も倫理も性愛もない女の楽園を切実に描く」とあって、思わず購入。
こちらは日本の原発という「ケガレ」を引き受けることで成立した
女人国ウラミズモに亡命した女性作家が、
この国に国家らしさをもたらしめるために
出雲神話をウラミズモの神話に書きかえる…というストーリー。

どちらの小説も昔の神話とか物語とか小説とか色んなものが
下敷きにされていて、また二人の作家の作品世界からいって
この作品だけ読んでどう、というものではなく(ほかにも何作かは読んでますが)、
はっきりいって読みこなせていないのですが、
どちらの小説にも多く共通するものを感じ。
現代の(間違いなく確かに)男性社会を疑うことが起点にありつつも
女性に肩入れをしているわけではなくて、
「女人国」こそのいやらしさみたいなものも書かれていて
それが読み手に「思考してみる」ことにさせる、
その安易におさまらなさがあるなと。それがわたしにとっては刺激的でした。
それぞれの「女人国」のディティールもよく練られていて楽しめます。
前に書いたハックスリーの『素晴らしき新世界』もそういうところがあるけど、
こういうSF的設定の小説って、そういうものなのでしょうね。
あまり読んだことがないので、素直に感心したのですが。

ただ書かれ方は全然違って、「アマノン」はストーリーテリングを軸にした物語的書かれ方で
あるのに対し、「ウラミズモ」は主人公の女性作家が作中でいわく、
「何を書くか、ではなくいかに書くか、だ」との通り、決して読みやすくはないです。
万人お勧めできるのは「アマノン」だな。。。「アマノン語」とかかなり笑えます。
(でも絶版みたいですが。)

ところで読書会をやっていることもあって
「純文学」と「エンタメ小説」的なものの違いを考えることがあるのですが、
『水晶内制度』のなかにうまく表現しているくだりがあったので、引用しておきます。
(小説の雰囲気もわかるかと。。。)

   例えばウラミズモの民が物事をいちいちくそていねいに考えたくもない程疲れている時、
  退屈な日常や分かりにくい人間関係のもやもやした現実に適当な感情の鋳型をつくり、
  安定した単純な世界観の中でストレス解消することも必要だった。そんな時には神話は
  判り易く筋だけを取り出されどぎつくされ、その時の流行を入れて繰り返し使われた。また
  その一方文学のほうもこの神話から逃れることは出来なかった。まともに文学をやろうと
  するものは<中略>、日常を「スクナ、ナンジ」的世界観で切り取る事を批判して独自の
  世界観を提出する小説を書こうともするし、娯楽に堕した大衆的神話解釈とそれを大量
  生産するウラミズモのマスコミと戦おうともするし、同時に神話の枠組みだけを使って
  独自な深層心理の動きをそこに込めたり私小説的にしたり、神について考えたり、神と
  現実の錯綜する様を描こうとしたり、また正しく格調高い神話物語のための言葉を選んだ
  りした。

さて、「神話」ってなんでしょうね。


『アマノン国往還記』(1988)
倉橋由美子(新潮文庫)

『水晶内制度』(2003)
笙野頼子(新潮社)

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そうなんですよ、今年にはいってから全然レポしていませんでしたが、
読書会、なにげに10回目です。
本家「ジェーン・オースティンの読書会」の6回を上回る盛り上がり。
備忘録として、第6~9回の課題図書は以下の通り。

第6回 「プレーン・ソング」 保坂和志 @恵比寿で鍋
第7回 「存在の耐えられない軽さ」 ミラン・クンデラ @天王洲でブルガリア料理
第8回 「燃ゆるとき」 高杉良 @築地で刺身など
第9回 「道頓堀川」 宮本輝 @広尾でお好み焼き

えー、誰がホストだったかすぐ分かってしまうくらい、方向性バラバラで(笑)
それがまた「自分だったら絶対読まない」ものも「読んでみる」きっかけになるのも
まあ、いいところかな。

ということで、記念すべき第10回は初のマンガ。青年劇画「サンクチュアリ」ですよ。
c0051457_21363443.jpgカンボジア難民だった幼馴染の二人が日本を変えるべく
一人は表(政治)、もう一人は裏(ヤクザ)の世界へ…という熱きストーリー。
場所は@六本木はロアビル最上階のエラワンにて東京タワーを眺めつつ…という。
ヒルズやミッドタウンでなく、ロアビルってところがまたよかったな~。
一人増えて現在7人のメンバーが久々に全員揃い、
この漫画で人生変わった、というスペシャルゲスト氏もあり、
タイ料理を食しながら大いにテンションあがって大盛り上がり。

われら女子はついこのなかでどのキャラがいいか、とか
誰に感情移入するか、で盛り上がりがちだったのですが、男性諸氏はそういう読み方は
全然しないようです。世界観で読むというようなことを言っていましたが。
女は木を見て、男は森を見る、ようなものなのかな、と話していたのですが
そのあたり、もうすこし掘り下げてみたいとこです。
でも、やっぱりこのマンガは男のロマンだな、という感じがしました。

あ、あと今回から昨年10月に文庫本がでた柄谷行人「定本 日本近代文学の起源」を
1章ずつ読み進めるゼミも開講(笑)。完全に趣味です。すみません。
学生の頃に読んだ本が全面改稿ということで読みなおしてみたかったのを
メンバー巻き込むなって笑。学生のときみたいだ、と言われつつも
それなりに面白がって読んでもらっている(?)ようで、これも引き続き楽しみです。


サンクチュアリ(小学館文庫)
史村 翔 池上 遼一


エラワン六本木店、何気にトイレがガラス張りですごいです。
13階なんで至近にビルはないけど、どっかから望遠鏡でみたら
お尻丸見えだよなーみたいな笑。
夜景に向けてお尻をさらすという、ちょっと倒錯的な気分が味わえます。さすがギロッポン。

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引っ越してから、地図をながめては「近いんだろうな~」と思っていた
会社→自宅の帰宅ランを先週決行してみました。

もとは先々週、会社のラン仲間と皇居へ走りに行く予定で
張り切って用意をしてきたのに、夕方になって突然問い合わせやらの嵐で
仕事が立て込んでしまい、断念。
せっかく持ってきた準備がもったいなくて、これは帰宅ランしかない!と
機会をうかがっていたわけ。

会社のロッカーで下半身だけ着替えて、そそくさとフロアを脱出。
(よく見るとかなり珍妙なスタイルだったと思うのだけど、
上半身が普通だと一瞬気がつかないもので。)
一階のトイレで上半身を着替えて、いざ出発。

と、吉永さんから「ご飯しない?」とメールが。すかさず「帰宅ラン中」と返すと、
「じゃ進路変えて六本木の某ファミレスでは」ということになり
汗だくでもいいということなので笑、余裕見て1時間後位に、とメールして再度出発。

かなり蒸し暑いなか、首都高に沿って走り、道中同じく帰宅ランらしい人と
デッドヒートを繰り広げ(←嘘です)、なんと30分ちょっとで自宅近くに着いてしまいました!
近い近いとは思っていたが、ほんとに近かった。。。通勤時間より近いかも。
まだ約束の1時間後にはだいぶ時間があったので、余計な荷物を置いて
着替えを取って再度出発。きっかり1時間後に待ち合わせの某ファミレスに到着。
遅れた吉永さん待ちの間に、軽く着替えて、そのあとは二人でがっつり食べましたとさ~。
吉永さん例のチケットありがとでした。


会社脱出という鬼門はありますが笑、またそのうちやろうっと。

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# by jack-hours | 2009-06-14 21:52 | run/走ること
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